カテゴリ:趣味・家族( 11 )

ハゲタカ

ハゲタカは、2007年にNHKで放送されたドラマである。録画したまま放置していたのを最近発見、見始めると止まらなかった。
海外でも数多くのテレビコンクールで受賞している質の高い作品であった。
「龍馬伝」でチーフ演出に抜擢された大友啓史はこの作品の成功によるところが大きいと思われる。

実社会に出れば誰でもきれい事だけでは済まされない。
それを飲み込み、十字架を背負い、それでもよりよい社会を築くため、よりよい人生にするため苦悩している人のなんと多いことか。

自分ももう少し頑張ってみようと思う。

e0041265_1534226.jpg


Riches I hold in light esteem(富は問題にならぬ)」
~エミリ・ブロンテ~[訳詩 平井正穂 岩波文庫「イギリス名詩選」平井正穂編]


Riches I hold in light esteem,
And Love I laugh to scorn
And lust of Fame was but a dream
That vanished with the morn -

富なんてものは問題にもならない、
恋だって、考えただけで吹き出したくなる。
なるほど、名誉欲か? そういえば、昔夢見たこともあったが、
日が射すと忽ち消える朝露みたいなものだった。


And if I pray,the only prayer
That moves my lips for me
Is -‘Leave the heart that now I bear,
And give me liberty.’

もし私が祈るとすれば、自然に
口をついて出る祈りはたった一つの祈りだ。
「今の私の心をこのままそっとしておいてくれ、
そして、ただ自由を私に与えてくれ」という祈りだ。


Yes,as my swift days near their goal,
Tis all that I implore -

嘘ではない。-光陰矢の如しで、どうやら私の
終わりも近い、そこで私が求めるものは、ただ、


Through life and death,a chainless soul,
With courage to endure!

何ものにも囚われない一人の人間として、勇気をもって、
生に堪え、死に堪えてゆく、ということだけだ!
[PR]
by horizone | 2011-06-10 15:38 | 趣味・家族

歳月

最近、よくトイレの鍵を閉め忘れます。

この前、うんこしてたら、いきなりドアを開けられ、部長に「鍵くらい閉めといてよ」って怒られました。

今日は、おしっこしてたら、いきなりドアを開けられ、研修医に「すいません」って謝られました。

もう歳でしょうか。


最近、かみさんが他人のふりをします。

この前、散歩の途中に何となく犬のまねをして吠えてみました。

遠くでわんちゃんが返事をしてくれました。

なんだか嬉しくなってしまいました。

つい、調子に乗ってしまったかもしれません。

思い当たるのはこれくらいです。

もう倦怠期でしょうか。
e0041265_1818063.jpg

[PR]
by horizone | 2011-01-06 18:18 | 趣味・家族

お父さんのおべんとうばこ

 おとうさんがびょうきでなくなってから三年、ぼくは小学一年生になりました。

 おとうさんにほうこくがあります。きっとみてくれているとおもうけど、ぼくはおとうさんのおべんとうばこをかりました。

 ぼくは、きのうのことをおもいだすたびにむねがドキドキします。

 ぼくのおべんとうばことはしがあたって、すてきなおとがきこえました。きのうのおべんとうは、とくべつでした。まだ十じだというのに、おべんとうのことばかりかんがえてしまいました。

 なぜきのうのおべんとうがとくべつかというと、それはおとうさんのおべんとうばこをはじめてつかったからです。おとうさんがいなくなって、ぼくはとてもさみしくてかなしかったです。

 おとうさんのおしごとは、てんぷらやさんでした。おとうさんのあげたてんぷらはせかい一おいしかったです。ぼくがたべにいくと、いつもこっそり、ぼくだけにぼくの大すきなエビのてんぷらをたくさんあげてくれました。そんなとき、ぼくはなんだかぼくだけがとくべつなきがしてとてもうれしかったです。あれからたくさんたべて空手もがんばっているのでいままでつかっていたおべんとうばこではたりなくなってきました。

 「大きいおべんとうにしてほしい」

 とぼくがいうと、おかあさんがとだなのおくからおとうさんがいつもしごとのときにもっていっていたおべんとうばこを出してきてくれました。

 「ちょっとゆうくんには、大きすぎるけどたべれるかな」

 といいました。でもぼくはおとうさんのおべんとうばこをつかわせてもらうことになったのです。

 そしてあさからまちにまったおべんとうのじかん。ぼくはぜんぶたべることができました。たべたらなんだかおとうさんみたいに、つよくてやさしい人になれたきがして、おとうさんにあいたくなりました。いまおもいだしてもドキドキするくらいうれしくておいしいとくべつなおべんとうでした。

 もし、かみさまにおねがいができるなら、もういちどおとうさんと、おかあさんと、ぼくといもうととみんなでくらしたいです。でもおとうさんは、いつも空の上からぼくたちをみまもってくれています。

 おとうさんがいなくて、さみしいけれど、ぼくがかぞくの中で一人の男の子だから、おとうさんのかわりに、おかあさんといもうとをまもっていきます。おとうさんのおべんとうばこでしっかりごはんをたべて、もっともっとつよくて、やさしい男の子になります。

 おとうさん、おべんとうばこをかしてくれてありがとうございます。 (asahi.comより)

*****************************

 小学1年生の作文である。

 この作者と同じくらいの年頃、病弱だった自分は、闘病生活に加えてクラスメイトからのいじめもあり、辛くてしんどくて仕方がなかった。

 ある日、風呂に入っている母親に、窓越しに、泣きながら話しかけていた。

 「おかあさん、ぼく、しにたいよ。。。。。。おかあさん、かなしい?、ねえ、かなしい?。。。」

 暫くすると母親のすすり泣く声が聞こえてきた。

 「かなしい?。。。」

 泣きながら母親は返事をしてくれた。

 「うん、悲しいよ」

 なんだか涙が止まらなかった。

 安心したのか、嬉しかったのか、よく分からない。

 でも、泣きながら、少し、ほっとしていたような気持ちを覚えている。

 この、小さな子供の作文を読んで、小さな頃の自分を思い出している。
[PR]
by horizone | 2010-12-04 21:59 | 趣味・家族

スティーブ・ジョブズの卒業式スピーチ①

何度聞いてもいい話だ。

勇気、元気、やる気をもらい、落ち込んだ自分を励ましてくれた。

英語の勉強もかねて数十回は聞いている。

以下、勉強用にネットで入手した英文と翻訳を手直ししたものを並べたもの。翻訳自体はアンさんのサイトの方が洗練されている感じがする。
e0041265_1365275.jpg


----------------------------------------------------------------------------------------------------

I am honored to be with you today at your commencement from one of the finest universities in the world. Truth be told, I never graduated from college. And this is the closest I've ever gotten to a college graduation. Today I want to tell you three stories from my life. That's it. No big deal. Just three stories.
本日は、世界有数の大学の1つを卒業される皆さんとここに同席することができ、たいへん光栄に思います。実のところ、私は大学を出ていません。ですから私にとって、これが今までで大学卒業に最も近い経験になります(笑)。今日私がお話したいのは、私が自分の人生から学んだ3つの話です。それだけです。たいしたものではありません。たった3つです。

The first story is about connecting the dots.
最初は、「点と点をつなぐ」という話です。

I dropped out of Reed College after the first 6 months, but then stayed around as a drop-in for another 18 months or so before I really quit. So why did I drop out?
私はリード大学を半年でドロップアウトしましたが、実際に退学するまでの間18ヶ月間ほどは大学に居残っていました。なぜドロップアウトしてしまったのでしょうか?

It started before I was born. My biological mother was a young, unwed college graduate student, and she decided to put me up for adoption. She felt very strongly that I should be adopted by college graduates, so everything was all set for me to be adopted at birth by a lawyer and his wife. Except that when I popped out they decided at the last minute that they really wanted a girl. So my parents, who were on a waiting list, got a call in the middle of the night asking: "We’ve got an unexpected baby boy; do you want him?" They said: "Of course." My biological mother found out later that my mother had never graduated from college and that my father had never graduated from high school. She refused to sign the final adoption papers. She only relented a few months later when my parents promised that I would go to college. This was the start of my life.
話は私が生まれる前に遡ります。私の生みの母親は若い未婚の大学院生だったため、私を養子に出すことにしました。彼女は、私が大卒者の家庭で育てられるべきだと強く考え、弁護士の夫婦と養子縁組の手配を整えていました。しかし実際に私が生まれた最後の土壇場で、彼らは女の子が欲しいということになってしまったのです。そこで夜遅くに、養子縁組待ちのリストにあった両親のところに電話が行きました。「予定外の男の赤ちゃんが生まれました。養子縁組を希望しますか?」両親は答えました。「もちろん」と。その後、母が大卒ではなく、父は高卒ですらないということを知って、生みの母親は養子縁組の最終書類への署名を拒否しました。彼女が折れたのは数ヶ月後です。両親が、私を大学に行かせると約束したからでした。これが、私の人生の始まりです。

And 17 years later I did go to college. But I naively chose a college that was almost as expensive as Stanford, and all of my working-class parents' savings were being spent on my college tuition. After six months, I couldn't see the value in it. I had no idea what I wanted to do with my life and no idea how college was going to help me figure it out. And here I was spending all of the money my parents had saved their entire life. So I decided to drop out and trust that it would all work out OK. It was pretty scary at the time, but looking back it was one of the best decisions I ever made. The minute I dropped out I could stop taking the required classes that didn't interest me, and begin dropping in on the ones that looked far more interesting.
17年後、私は確かに大学に入学しました。しかし私は、さしたる考えもなしに、スタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまいました。労働者階級だった両親の貯蓄はすべて大学の学費に消えていってしまいます。6ヶ月後、私はそこに価値を見出せなくなっていました。私は、自分が人生において何をしたいのか、それを見つけるために大学が何の役に立つのか、まったく分かりませんでした。にもかかわらず自分がここにいることで、両親は生涯かけて貯めた金を残らず使い果たそうとしています。だから私は退学すると決めました。これですべてうまくいくと信じていました。もちろん、そのときはたいへん恐ろしい思いをしました。しかしふり返ってみると、あれは私の人生で最良の決断の1つだったといえます(笑)。ドロップアウトしたそのときから、私は興味を持てない必修科目はやめて、それよりはるかに面白そうな科目に出ることができたからです。

It wasn't all romantic. I didn't have a dorm room, so I slept on the floor in friends' rooms, I returned coke bottles for the 5¢ deposits to buy food with, and I would walk the 7 miles across town every Sunday night to get one good meal a week at the Hare Krishna temple. I loved it. And much of what I stumbled into by following my curiosity and intuition turned out to be priceless later on. Let me give you one example:
もちろん、すべてがいい話というわけではありません。寮の部屋もありませんでしたから、夜は友人の部屋の床で寝て、コークの瓶を店に返すともらえる5セントを集めて食べ物を買ったりしました。毎週日曜の夜は、7マイル歩いて街を抜け、ハーレ・クリシュナ寺院に行っておいしいご飯にありつきました。あれは大好きでしたね。そんなふうに、自分の興味と直感に従って動き回っているうちに出会ったものの多くが、後からみればこの上なく価値のあるものだったのです。例をひとつ挙げてみましょう。

Reed College at that time offered perhaps the best calligraphy instruction in the country. Throughout the campus every poster, every label on every drawer, was beautifully hand calligraphed. Because I had dropped out and didn't have to take the normal classes, I decided to take a calligraphy class to learn how to do this. I learned about serif and san serif typefaces, about varying the amount of space between different letter combinations, about what makes great typography great. It was beautiful, historical, artistically subtle in a way that science can't capture, and I found it fascinating.
リード大学は、カリグラフィ教育において、おそらく当時国内最高水準でした。キャンパス中どこでも、ポスターやら戸棚のひとつひとつに貼るラベルなど、すべてが美しい手書きのカリグラフィで飾られていました。私はもうドロップアウトしていて普通の授業には出なくていいわけですから、カリグラフィのクラスに出て、そのやり方を学んでみようと思ったのです。セリフとサンセリフの書体、さまざまな字の組み合わせに応じて文字間隔を調整する手法や、美しい字体は何が美しいのかなどを学びました。それは美しく、歴史があり、科学ではとらえられない繊細な芸術性をもった世界です。私は夢中になりました。

None of this had even a hope of any practical application in my life. But ten years later, when we were designing the first Macintosh computer, it all came back to me. And we designed it all into the Mac. It was the first computer with beautiful typography. If I had never dropped in on that single course in college, the Mac would have never had multiple typefaces or proportionally spaced fonts. And since Windows just copied the Mac, it’s likely that no personal computer would have them. If I had never dropped out, I would have never dropped in on this calligraphy class, and personal computers might not have the wonderful typography that they do. Of course it was impossible to connect the dots looking forward when I was in college. But it was very, very clear looking backwards ten years later.
もちろんそのとき、これらが人生の上で実際に役に立つ可能性があるなどとは思ってもみませんでした。しかし10年後、最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計していたとき、その時のことがよみがえってきたのです。そこで私たちは、それらをすべてマックに組み込みました。美しいフォントを持った初めてのコンピュータです。もし私が、大学であの授業にもぐりこんでいなかったとしたら、マックには複数フォントも字間調整フォントも入っていなかったでしょう。ウィンドウズは単にマックをコピーしたものなので(笑)、パソコンがそれらを持つことはなかっただろうと思います(拍手)。もし私がドロップアウトしていなかったら、あのカリグラフィのクラスにもぐりこむこともなく、パソコンが現在のようなすばらしいフォントを備えることもなかったでしょう。もちろん、大学にいた当時、そんな先々のことまで考えて点と点をつなげてみるようなことはできませんでした。しかし10年後からふり返ってみると、非常にはっきりと見えるわけです。

Again, you can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. Because believing the dots will connect down the road, it gives you confidence to follow your heart; even it leads you off the well-worn path. And that will make all the difference.
繰り返しますが、先を読んで点と点をつなぐことはできません。後からふり返って初めてできるわけです。したがってあなた方は、点と点が将来どこかでつながると信じなければなりません。自分の勇気、運命、人生、カルマ、何でもいいから、信じなくてはなりません。点がやがてつながると信じることで、たとえそれが皆の通る道からはずれても、自分の心に従う自信が生まれます。これが大きなちがいをもたらしてくれるのです。

My second story is about love and loss.
2つめは、「愛」と「敗北」についての話です。

I was lucky — I found what I loved to do early in life. Woz and I started Apple in my parents’ garage when I was 20. We worked hard, and in 10 years Apple had grown from just the two of us in a garage into a $2 billion company with over 4000 employees. We had just released our finest creation — the Macintosh — a year earlier, and I had just turned 30. And then I got fired. How can you get fired from a company you started? Well, as Apple grew we hired someone who I thought was very talented to run the company with me, and for the first year or so things went well. But then our visions of the future began to diverge and eventually we had a falling out. When we did, our Board of Directors sided with him. So at 30 I was out. And very publicly out. What had been the focus of my entire adult life was gone, and it was devastating.
私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができたからです。実家のガレージでウォズとアップル社を始めたのは、私が20歳の時でした。私たちは一生懸命働きました。そして10年後、アップル社は、たった2人のガレージ企業からスタートして、従業員4千人以上を抱える20億ドル企業になっていました。しかし、私たちの最高の作品、マッキントッシュを発表して1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に、私は会社をクビになってしまいました。なぜ自分が始めた会社をクビになるのでしょうか?(笑)アップルが大きくなっていったため、私たちは、非常に有能と考えた人物を、私の右腕として会社を経営してもらうために雇いました。最初の1年前後はうまく行きました。しかしやがて、互いの将来ビジョンは離れていき、最後は決定的な亀裂を生じてしまいました。そのとき取締役会が支持したのは彼のほうだったのです。こうして私は、30歳にして会社を追い出されました。それはもう公然と追い出されたわけです。自分が大人になって以来全てをかけて打ち込んできたものが消えたのですから、私はもうぼろぼろでした。

I really didn't know what to do for a few months. I felt that I had let the previous generation of entrepreneurs down - that I had dropped the baton as it was being passed to me. I met with David Packard and Bob Noyce and tried to apologize for screwing up so badly. I was a very public failure, and I even thought about running away from the valley. But something slowly began to dawn on me — I still loved what I did. The turn of events at Apple had not changed that one bit. I had been rejected, but I was still in love. And so I decided to start over.
数ヶ月の間、私はどうしたらいいのか本当に分かりませんでした。自分は前の世代の起業家たちの名誉を汚してしまった、渡されたバトンを落としてしまったのだ、と感じました。デビッド・パッカードとボブ・ノイスに会って、全てを台無しにしてしまったことを詫びたりもしました。知らぬ者のない失敗者です。シリコンバレーから逃げ出すことすら考えました。 しかし、やがて私の中で何かが見え始めました。私はまだ自分の仕事を愛していました。アップルでのできごとがあっても、その気持ちはいささかも変わらなかったのです。私はふられてしまったわけですが、まだ好きでした。だからもう一度やり直してみようと決めました。

I didn't see it then, but it turned out that getting fired from Apple was the best thing that could have ever happened to me. The heaviness of being successful was replaced by the lightness of being a beginner again, less sure about everything. It freed me to enter one of the most creative periods of my life.
その時は分かりませんでしたが、後からみると、アップルを追い出されたことは、人生で最良のできごとでした。成功者であることの重みが、もう一度初心者であることの身軽さに代わったのです。ものごとに対して前ほど自信も持てなくなりましたが、同時に私は自由の身となり、人生で最もクリエイティブな時期にもう一度入ることができました。

During the next five years, I started a company named NeXT, another company named Pixar, and fell in love with an amazing woman who would become my wife. Pixar went on to create the world's first computer animated feature film, Toy Story, and is now the most successful animation studio in the world. In a remarkable turn of events, Apple bought NeXT, I returned to Apple, and the technology we developed at NeXT is at the heart of Apple's current renaissance. And Laurene and I have a wonderful family together.
その後5年の間に、私はNeXTという会社を立ち上げ、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、その女性と結婚しました。ピクサーはやがて世界初のコンピュータ・アニメーション映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオとなりました。思いがけないことからアップルがNeXTを買収し、私はアップルに復帰しました。NeXTが開発した技術は、最近のアップルの復活において中核的役割を果たしています。ローレンと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

I'm pretty sure none of this would have happened if I hadn't been fired from Apple. It was awful-tasting medicine, but I guess the patient needed it. Sometimes life hits you in the head with a brick. Don't lose faith. I'm convinced that the only thing that kept me going was that I loved what I did. You've got to find what you love. And that is as true for your work as it is for your lovers. Your work is going to fill a large part of your life, and the only way to be truly satisfied is to do what you believe is great work. And the only way to do great work is to love what you do. If you haven't found it yet, keep looking, and don't settle. As with all matters of the heart, you'll know when you find it. And, like any great relationship, it just gets better and better as the years roll on. So keep looking. Don't settle.
私は断言できます。もし私がアップルを追い出されていなかったら、これらのことはひとつとして起こらなかっただろうと。もちろんそれは苦い薬でした。しかし患者には、それが必要だったのでしょう。時として人生には、レンガで頭を殴られるようなひどいことも起きます。しかし信念を投げ出してはいけません。私が続けられた理由はただ1つ、自分のやっている仕事が好きだったということです。そしてこれは皆さんの仕事や恋愛においても同じです。皆さんも、仕事が人生の大きな部分を占めていくでしょうが、真に満足するために必要なのはただ1つ、皆さんが素晴しいと信じる仕事に取り組むことです。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら、皆さんがやっている仕事を愛さなければなりません。もしまだそれを見つけていないのであれば、探し続けてください。ひとつの場所に固まっていてはいけません。心というのはよくしたもので、見つければそれとわかるものです。そして素晴らしい恋愛と同様に、年を重ねるごとによくなっていきます。ですから、探し続けてください。ひとつの場所に固まっていてはいけません(拍手)。

<続く>
[PR]
by horizone | 2010-07-22 13:16 | 趣味・家族

スティーブ・ジョブズの卒業式スピーチ②

<続き>

My third story is about death.
3つめは、死に関するお話です。

When I was 17, I read a quote that went something like: "If you live each day as if it was your last, someday you'll most certainly be right." It made an impression on me, and since then, for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: "If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?" And whenever the answer has been "No" for too many days in a row, I know I need to change something.
私は17の時、こんな言葉をどこかで読みました。「毎日、これが人生最後の日と思って生きなさい。やがて必ず、その通りになる日がくるから」(笑)。それは私にとって印象的でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分に問い掛けてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることを私は本当にやりたいだろうか?」と。その答えが「ノー」である日が続くと、そろそろ何かを変える必要があるとわかります。

Remembering that all will be dead soon is the most important tool I've ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything — all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure - these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important. Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.
自分がそう遠くないうちに死ぬと意識しておくことは、私がこれまで重大な選択をする際の最も重要なツールでした。ほとんどのものごと、外部からの期待、自分のプライド、屈辱や挫折に対する恐怖、こういったもののすべては死に臨んでは消えてなくなり、真に重要なことだけが残るからです。自分も死に向かっているという自覚は、私の知る限り、何かを失ってしまうかもしれないという思考の落とし穴を避けるための最善の策です。あなた方はすでに丸裸です。自分の心に従わない理由はありません。

About a year ago I was diagnosed with cancer. I had a scan at 7:30 in the morning, and it clearly showed a tumor on my pancreas. I didn't even know what a pancreas was. The doctors told me this was almost certainly a type of cancer that is incurable, and that I should expect to live no longer than three to six months. My doctor advised me to go home and get my affairs in order, which is doctor's code for prepare to die. It means to try and tell your kids everything you thought you'd have the next 10 years to tell them in just a few months. It means to make sure everything is buttoned up so that it will be as easy as possible for your family. It means to say your goodbyes.
今から1年ほど前、私はガンと診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にはっきりと腫瘍が映っていました。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかったのですが。医師たちは、これはまずまちがいなく治療不能なタイプのガンだと言いました。長くても3ヶ月から6ヶ月の命だろう、と。主治医は私に、家に帰って身辺を整理しなさい、とアドバイスしました。「死の準備をせよ」という場合の医師の言い方です。要するに、今後10年かけて子どもたちに伝えたいことがあるなら、この数ヶ月のうちに言っておきなさい、ということです。それはまた、家族が対処しやすいよう、何もかも準備しておけ、ということです。別れを告げろ、ということですね。

I lived with that diagnosis all day. Later that evening I had a biopsy, where they stuck an endoscope down my throat, through my stomach and into my intestines, put a needle into my pancreas and got a few cells from the tumor. I was sedated, but my wife, who was there, told me that when they viewed the cells under a microscope the doctors started crying because it turned out to be a very rare form of pancreatic cancer that is curable with surgery. I had the surgery and thankfully, I'm fine now.
私はその診断結果を抱えて丸1日過ごしました。そしてその日の夕方遅く生検を受けました。内視鏡を喉から入れ、それが胃を通って腸に達します。そこからすい臓に針を刺して腫瘍の細胞が幾つか採取されました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったのですが、立ち会った妻に後で聞いたら、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見たとき、叫び出したのだそうです。それはきわめて珍しいタイプのすい臓ガンで、手術で直せるものでした。私は手術を受け、そして今は、ありがたいことに元気です(拍手)。

This was the closest I've been to facing death, and I hope it’s the closest I get for a few more decades. Having lived through it, I can now say this to you with a bit more certainty than when death was a useful but purely intellectual concept:
これが私の人生の中で最も死に近づいた経験です。この先何十年かはこれ以上近くならないよう願いたいですが。この経験を経た今、私はあなた方に、死というものが有益ではあるが純粋に頭の中の概念でしかなかった以前と比べて、少しだけ確信をもっていうことができます。

No one wants to die. Even people who want to go to heaven don't want to die to get there. And yet death is the destination we all share. No one has ever escaped it. And that is as it should be, because death is very likely the single best invention of Life. It is Life's change agent. It clears out the old to make way for the new. Right now the new is you, but someday not too long from now, you will gradually become the old and be cleared away. Sorry to be so dramatic, but it is quite true.
誰でも死にたくありません。たとえ天国に行きたいと願う人でも、そこに行くために死にたいとは思いません(笑)。しかし死は、私たちすべてが共有する行き先です。かつてそこから逃れた者は1人としていません。そしてそれは、そうあるべきことなのです。死はおそらく、生物にとって最高の発明です。それは生命にとって、古いものを取り除き、新しいもののための道を開いてくれる変革の担い手です。今、「新しいもの」とはあなた方です。しかしそれほど遠からぬうちに、あなた方もしだいに「古いもの」となり、取り除かれる日が来ます。ドラマチックな表現で申し訳ありませんが、これが真実です。

Your time is limited, so don't waste it living someone else's life. Don't be trapped by dogma — which is living with the results of other people's thinking. Don't let the noise of others' opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.
あなた方の時間は限られています。他の誰かの人生を生きて無駄にしてはいけません。ドグマにとらわれてはいけません。それは他の人たちの思考の結果とともに生きることだからです。他人の意見の雑音によって自分の内なる声が掻き消されてしまわないようにしてください。そして最も重要なことですが、あなたの心や直感に従う勇気をもってください。心や直感は、あなたが本当は何になりたいのかすでに知っています。他のことは全て二の次です(拍手)。

When I was young, there was an amazing publication called The Whole Earth Catalog, which was one of the bibles of my generation. It was created by a fellow named Stewart Brand not far from here in Menlo Park, and he brought it to life with his poetic touch. This was in the late 1960's, before personal computers and desktop publishing, so it was all made with typewriters, scissors, and polaroid cameras. It was sort of like Google in paperback form, 35 years before Google came along: it was idealistic, and overflowing with neat tools and great notions.
私が若い頃、「ホール・アース・カタログ」という驚くべき本がありました。私の世代にとってはバイブルの1つです。それはここからそう遠くないメンローパークに住むスチュアート・ブランドという人物が作り出したものです。彼の詩的なタッチは、誌面に命を吹き込んでいました。1960年代終わりごろですから、パソコンやデスクトップ印刷はまだありません。全てはタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作られました。グーグルが生まれる35年も前の、ペーパーバック版グーグルとでも呼ぶべきものです。理想主義的で、いかしたツールやすばらしい考えに満ちあふれていました。

Stewart and his team put out several issues of The Whole Earth Catalog, and then when it had run its course, they put out a final issue. It was the mid-1970s, and I was your age. On the back cover of their final issue was a photograph of an early morning country road, the kind you might find yourself hitchhiking on if you were so adventurous. Beneath it were the words: "Stay Hungry. Stay Foolish." It was their farewell message as they signed off. Stay Hungry. Stay Foolish. And I have always wished that for myself. And now, as you graduate to begin anew, I wish that for you.
スチュアートと彼のチームは、この「ホール・アース・カタログ」の発行を何度か重ね、一通りのことをやり尽くしたところで最終号を出しました。1970年代半ばのことです。私はちょうど今のあなた方と同じ年頃でした。最終号の背表紙には、早朝の田舎道の写真がありました。あなたが冒険好きならヒッチハイクの途上で一度は出会いそうな光景です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「ハングリーであれ。愚か者であれ」。それが彼らからのお別れのメッセージでした。ハングリーであれ。愚か者であれ。私は常に、自分自身そうありたいと願い続けてきました。そして今、卒業して新たな人生に踏み出すあなた方に対しても、同じことを願っています。

Stay Hungry. Stay Foolish.
ハングリーであれ。愚か者であれ。

Thank you all very much.
ありがとうございました。
[PR]
by horizone | 2010-07-22 13:15 | 趣味・家族

Now You See Stars, Now You Don't

星の生まれる場所

仕事に忙殺されながら、ふと思った。

こんな瞬間にも、星が生まれようとしている。

自分の悩みなんてちっぽけ。。。?

この写真は波長の異なる4つの赤外線をそれぞれ色付けし、重ねたものだそうな。

観察方法を変えれば宇宙の景観は大きく変わる。

まるでCTのwindow幅、MRIみたい。

あぁ。。現実に戻ってしまった。

e0041265_22265273.jpg

[PR]
by horizone | 2005-11-10 22:33 | 趣味・家族

イバールルルアキィー

e0041265_23145097.jpg
このフラッシュ↑、嫁にみせたら笑い転げてました。
誰がつくったんだろー?
ヾ(≧∇≦)〃{イバールルルアキィー!!
[PR]
by horizone | 2005-10-31 22:58 | 趣味・家族

極楽寺・有馬

ぼけたらあかん長生きしなはれ、年を取ったら出しゃばらず

にくまれ口に 泣きごとに、人のかげ口 愚痴言わず

他人のことわ ほめなはれ 聞かれりゃ 教えてあげなはれ

知ってる事でも 知らんふり いつでも 阿呆で居りなはれ

勝ったらあかん 負けなはれ いづれお世話になる身なら

若い者にわ、花持たせ 一歩さがって居ることが

家内 仲良くいくこつや いつも感謝を忘れずに

どんな時でも へえ おおきに、お金の欲わ 捨てなはれ

なんぼ 銭 金 あったとて 死んだら持って行けまへん

あの人 ええひとやったなと、そないに人から言われるよう

生きてる うちに バラまいて、山ほど徳を積みなはれ

  と言うのんわ 表むき   ほんまわ銭を はなさずに

  死ぬまで しっかり持ってなはれ 人に ケチやと言われても

  お金があるから 大事にし  みんなベンチャラ言ふて来る

  内証や けんど ほんまやぜ 昔のことわ みな忘れ

自慢話しわ しなはんな わしらの時代わ もうすぎた

なんぼ頑張 力んでも 体が言ふこと ききまへん

あんたわ えらい わしゃあかん、そんな気持で おりなはれ

我子に 孫に 世間さま どなたからでも 慕われる

えぇ年寄に なりなはれ、ボケたらあかん その為に

何か一ツノ 趣味持って せいぜい 長生きしなはれや


以前、勤務していた病院の壁に、誰かが貼り付けたコピーがあった。
それをコピーして自宅に持って帰っていたが、先日、再び目にする機会があった。

誰しも、年を重ねるにつれ、次第に指導する立場になっていく。

ユーモラスに生き方の一つを語った、感ずるところ多き名文である。
[PR]
by horizone | 2005-10-28 15:00 | 趣味・家族

星空

星空を見上げた。

そういえば小さい頃の夢は宇宙飛行士だった。

親父に買ってもらったカール・セーガンのCOSMOSイラスト版(絶版)、今でも本棚を飾っている。

小学生の頃、裏山を掘るとバルキリー(笑)が発掘され、空と宇宙を自在に飛び回る、なんて空想をよくしていた。
相対性理論を勉強しようとし(挫折)、本気で恒星間宇宙探査を考えていた。
同級生に、光速に近い速度で動くと、時間が遅れたり、質量が増加したりするなんて話をしていた。
きっと変人だと思われていたに違いない。

対消滅機関。
対消滅により10円玉一枚を全て爆発のエネルギーに変換すれば、一つの都市を消滅させるほどになる。対消滅機関を現実のものとできるまでに技術が高まれば、恒星間宇宙探査は可能になると思っている。一万年後の子孫に託す夢である。

あの頃、夜にこっそり家を抜けだし、体育館脇の駐車場で寝ころんで、星空を眺めるのが好きだった。今も、変わっていない。
e0041265_1434678.jpg

[PR]
by horizone | 2005-09-15 14:33 | 趣味・家族

侍魂

自分としては、懐かしのテクストサイト。
ブログが一般的でなかった時代、テクストサイトは先駆的な試みだった気がする。
特にこのネタ、侍魂年越し
学生時代に似たような経験がある(泣)
見せられたブツに衝撃を受け、なかなか寝つけなかった。

仕事で心が荒んだとき、こんなサイトで癒されている自分がいる。
昔は良かった、などと思い始めたのは年を食った証拠なのか。
精神科の友人に相談したが、まだプシってはいないようだ(笑)

さて、もう一仕事してこよう。
e0041265_22483931.jpg

[PR]
by horizone | 2005-08-12 14:34 | 趣味・家族